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2011年12月16日 (金)

韓国現代作家との対話 in Niigata レポ②フロアからの質問に答えるコーナー 午前の部

1210_2

お二人の朗読会の後は、フロアからの質問に答えてくださるコーナーがあり、お二人とも、とても丁寧に様々に答えてくださいました^^
(写真は午後の部のシンポジウムのときのものですー)

どんなやり取りがあったのか、お伝えできればと思います♪

★キム・ジュンヒョク先生に
ご自身の作品がNHKハングル講座の教材になり、ファンが増えたなどの反応は感じられるか?

「テキストの実際に僕が描いたイラストと教材を拝見したわけですが、私自身、日本語が全然分からないので、書いた絵などがどんな役に立つのか見当がつきませんでした。
その中で一通のメールを頂いたんです。
お年を召した方だったのですが、テキストを見て

(楽器たちの図書館の)
「아무것도 아닌 채로 죽는다는 건 억울이다.何者でもないまま死ぬなんて無念だ。」

という冒頭の文を読んで、その文章に深く共感したそうです。
その文章のとおり、自分も何者でもないまま死ぬのは無念だと思い、何か新しいことを始めてみなければと思い、韓国語を勉強しているという内容のメールが送ってくださったんです。

ファンが増えたかどうかは分かりませんが、そのメールを頂き、日本にいらっしゃるどなたかの私の作品が心に響いているんだなということを感じました。

そんな風に感じ、深い感動を覚え、作品を書く上でたくさんの応援を頂いた感じがしました。そしてこれからももっと頑張らなければと思いました」

と、心に染みるエピソードを聞かせてくださいました。

しかし、最後にオチを入れることを忘れない先生^^

「ファンが増えたとしたら、本の売り上げが証明してくださるのではないでしょうか」

やっぱり、しっかりPR

しかし、この後・・・午後の質問のコーナーで感動の対面が!
実は、このメールを送ったという方がこの会場にいらしていたのです。

ちょうど、私たちの隣に座っていた方だったのですが、ジュンヒョク先生に会うために大阪からいらっしゃったのだそうです。

本当に運命的とも言えるような再会に、会場が感動の渦に包まれました。

またその後の質問では・・・
★お二人に
影響を受けた作家はいるか。

オ・ジョンヒ先生:ものを書くといくということは、真似から始まるものなんですよ。誰かの作品を読みながら文学というのはこういうことを書くんだなと学ぶんです。
ものを書きたいという気持ちがあって、人の作品を読んでこのくらいなら書けるかもと思うようになったり、全然書けないと思いこんでいても、人の作品を読んで自信がついて書くという話もよく聞きます。
もちろん反対の場合もあります。とても感動した話と出会った場合は、自信をなくす場合もあります。

後輩からも私の影響を受けたという話を聞きます。
もちろんオ・ジョンヒという一人の作家として特別な意味だと受けてとめてはいません。
それは水が上から下に流れるようにごく自然なことです。
私も読んできた先輩の作品を通して、影響を受けることも大いにあります。
個人的には今まで読んできたすべての作家の作品に影響を受けたといえるかもしれません。

場合によってはあまりにもすばらしく、真似したいと思うときもありますし、また、ある場合には、これはあまりいい作品ではないと思い、反面教師として、それを克服しようと考える場合もあります。

私の世代の共通点としては19世紀の西洋文学に影響が大きいと思います。
特にロシアの作家であるドストエフスキーやチェーホフ、ゴーリキーの影響が大きいと思います。
日本の作家では、芥川龍之介、太宰治 夏目漱石などの影響を受けたと思います。

キム・ジュンヒョク先生:村上春樹、村上龍など若いころ好きだった作品です。
村上龍の作品で、タイトルは忘れましたが・・・東京の上空に毒薬を撒き散らすという作品がありますが、そういう過激なことが好きだったことがありました。

最近はそうではありません。

先ほどオ・ジョンヒ先生が、あまりにもすばらしく自信喪失する作品があるとおっしゃいましたが、オ・ジョンヒ先生がまさにそうでした。
私は国語文学を専攻し、オ・ジョンヒ先生をはじめ様々な先生方の作品を読みましたが、自分は絶対にこんな風には書けないと思いました。

それで、すばらしい両親のもとで育った出来の悪い息子のように、私にはちょっと違うことを書いてみようと考えて、今の道を進んできています。

ですが、韓国語で書き、韓国で書いている作家ですので、先輩方の世界から完全に自由になることは出来ません。
数多くの先輩たちの影響が私自身の中にもレゴのブロックのように積みあがっていると思います。
先輩の作品を読みながら、尊敬をし、嫉妬もしながら、僕自身のものだけを作っていこうと奮闘しています。


★キム・ジュンヒョク先生に
キム・ジュンヒョク先生のインタビューで、「文学において国境や国家はあまり重要ではない。同じ文化を共有する同時代というものが重要な概念だ」とおっしゃっているが、同じ文化を共有する同世代がどういうものかお伺いしたい。

「私は、同時代という言葉がとても好きです。
すばらしい先輩の作品の中で同世代の若い作家たちが、先輩たちの栄養を取り続けながら活躍しているんです。

私は1971年生なのですが、40歳という年は韓国では中途半端な年齢だと思うんです。
私の上の先輩たちは理念や国家を重んじる時代を生きてきましたし、私の下の次世代の後輩たちは、それとは無関係の中で作品を書き始めています。そのような周りの韓国の作家を見ると、韓国社会というのは変わってきていて文学も共に変わってきているんだとすごく感じます。

そのような特徴を一言でまとめるのは難しいことですが、あえて要約するとすれば
私も含めて、同僚後輩も含めて、ものを書くことをとても楽しんでいるようです。

私は最近同僚の詩人にこういった言葉を聞いたのですが、

「私はある外の世界の存在のようなのだが、私はこの世界にお金を稼ぐために来たのではない」

私はその言葉を、ものを書く人間として楽しく書くというひとつの姿勢のように感じられました。

そのような作家を見ながら、世の中はめまぐるしく変わりますが、物を書く人間しての気持ちは変わっていないと感じました。

文学というものは立派過ぎる世界のものとは思いません。
私たちが生きているという生そのものとして考えることが、文学に生かしていくというのが同世代の感覚ではないかと思います」


★作品を書くときに、音になった時のことを考えながら作品をお書きになるかどうか聞きたい。

オ・ジョンヒ先生:「韓国では朗読会するというのはあまりないと思います。
詩を朗読するというものはあるわけですが、今回私自身も小説の朗読は新鮮な体験でした。その体験を通して、目で読むことと声で読むことの違いがあることを感じました。

私は、若いころから短編小説などを書きますと、それをそのまま朗読をし、それを録音し、聞いてみるということを繰り返してきました。
やはり小説ですが、詩のように韻を感じられるということを小説の中でも生かせたらと思っていたのです。

実際聞いてみると他人の声のように聞こえるのですが、その文章のおかしさや不自然な表現やそぐわないところなど、そういったことを客観的に自分に伝わってくるのです。

声に出して読んでみて、自然な流れがある文章が文章としてもいいと感じます。

そうであるのか、時に私の作品は叙事性が足りないという批判を受けるのですが、
それでも、これからも恐らく自分の文学の中で詩的要因というものを無視する書き方はしないと思います」

キム・ジュンヒョク先生:「私の文章は美しいとはいえません。

私は小説を書くとき音楽を聴きながら書きます。
書いている小説の主題とあっているジャンルを選んで聞いています。
楽器たちの図書館の時はクラッシック、拍子っぱずれのDの時はポップやラップを聞きました。小説の中にリズムがしみこんでくれればいいと思っています。

文章を読みなおすということはありませんが、たまにセリフは読むことがあります。

私が、国内小説化の中でもセリフ回しが下手だといわれている作家3本の指に入ります。
すこし台詞回しにコンプレックスを感じているのですが、最大限口語体で書くために、実際の俳優になったつもりで読んだりしています。
それにもかかわらず、台詞まわしがおかしいんです。

小説を書く過程では、心の中にある誰かをキャスティングして、その俳優たちが台本を
読んで演技させているという感じがするのですが・・・

ちょっとその姿を想像してみてください。
例えば、私の中には3人の人がいて・・・狂った人みたいに話しているわけです。
多重人格者にみられるかもしれません。
小説とはそもそもそういうものではないかなと思います。
多重人格者のような人たちが書いているものではないかと思います。
なぜなら小説に登場する人物を、私が理解しながら私が激励しなければいけないですし。
ですから、私は幸せな多重人格者ではないかと思います」


この最後の質問、この時、素敵な方が質問されているなーと思ってみていたのですが、なんとゆうさんでしたー!

ゆうさんもこの質問の中で「黙読する時とは違う、新しい感動を感じた」とおっしゃっていたのですが、私もそうでした。

私が韓国語に惹かれたひとつの理由が「音の響きの美しさ」でした。
今回、まさに作家お二人の声で聞く作品を通し、音の響きで聞く韓国語の美しさ、文字から入ってくることとは違う感覚に感動を覚えました。

韓国で朗読会が少ないなんてもったいない~。
小説などでも、このような機会が増えていったいいのになぁと思いました。

また、こうしたフロアと作家お二人の対話を通して、作品への思い、考えなども聞くことが出来、午前中だけでも、とても大満足の内容でしたー^^

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